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今日も いろいろ 考え中

40代4児の母の堂々巡りの考え事を、なんとなく書いとくブログです。

子どもを支配しないということ

私の子育ては、「内田春菊イズム」に貫かれています。一言でいうなら「子どもを支配しない」こと。親の思いを押し付けるより、子どもの意思を尊重してやっていく感じです。

 

あと、お母さん手作りの美味しいものを子どもに食べさせるのもポイント。食育が目的と言うより、コミュニケーションツールとしての食事ですよね。食事中はコミュニケーションタイムなので、子どもたちみんなお話やケンカを楽しんでおります。

 

ただ、子どもの意思を尊重するということは、どこまで怠惰な時間も共有できるかということでもあります。人間は休憩も挟まないとやっていけないので、子どもが休憩しているのを「休憩」と受け入れられるか、それとも「サボっている」と思うのか。具体的に言えば、宿題をほっぽって遊びに興じるわが子をどこまで許せるかということです。

 

今年の次男(小学校高学年)の担任の先生は非常に生真面目で、宿題をやってこない子をいつまでも叱咤激励しながら待っていてくれます。さすがに親としても申し訳ないので、私も次男を宿題に駆り立てます。次男も宿題やらないわけではないのですが、何事においてもスローリーな子なので、頑張っても宿題全量を終わらせるのは一苦労です。(標準的な子どもの3倍くらいの時間は要している感じ)

 

そもそも、私は自分が不本意ながら親に早く早くと急かされて育ったことで、「急がされる」という行為に非常に嫌悪感を持っています。だから、我が子を急かしたこともない。よってスローリーな子になるのも必然かと思います。

 

そんなわが子の中でも、特に次男は何においてもスローリー。先日林間学校に行ってきましたが、班行動から遅れるためみんなと一緒に写真に納まっていることが少なかったと、本人が言っておりました。

集団生活は、皆と歩調を合わせることが求められます。スローリーな子は、学校生活を営むことが難しいです。私自身スローリーだったので、通知表に「協調性無し」と書かれたことがあります。協調性が無いんじゃない、みんなについていくスピードがないのです。

 

そんなわけで、学校生活が大変そうな次男くん。でも、それでいいよと私は思います。そのうち体力がつけば、みんなとスピードが合ってきます。私は中学2年生くらいのころから周りと合わせられるようになってきました。

 

そういえば、内田春菊さんのお子さん方も、校則が自由な私立のエスカレータ式小中高校に通っていましたが、それでも学校に通えなくなっていたことがしばしばありました。子どもを支配しないということはそういうことであり、親も覚悟が必要なのだなあと取り留めもなく思ったのでした。