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今日も いろいろ 考え中

40代4児の母の堂々巡りの考え事を、なんとなく書いとくブログです。

加害者家族/鈴木信元著

 

加害者家族 (幻冬舎新書 す 4-2)

加害者家族 (幻冬舎新書 す 4-2)

 

この本は、 NHKクローズアップ現代「犯罪“加害者”家族たちの告白」の取材をもとにまとめられたものです。私、たまたまこの番組を見ていて衝撃を受けたので、本屋で見かけて即買いました。

犯罪加害者の人権があれこれ制限されるのは、当然なことと思います。しかし、何の罪も犯していない加害者の家族まで、世間から隠れるようにひっそり暮らしていることに、仕方ないような気の毒なような複雑な感情を持ちました。いくら家族といっても、何を考えているか何をしているかなんて完全に把握は無理です。親子でさえそうなのだから、夫婦なんてもっと無理です。なのに、一般社会で暮らす加害者家族の基本的人権すら守られないのはなぜだろう。

ヒントは本書の中にありました。「世間の怖さ」と題した文章を引用します。

 日本という社会において加害者家族が置かれる立場を理解する上で、「世間」という概念が一つのキーワードになってくる。(中略)「世間」においては人権や権利はない。あるのは「贈与・互酬の関係」、つまり「お互い様」という関わりだけだ。贈られたら贈り返さなければならない。別の言い方をすれば、やられたらやり返されるということになる。

西欧的な意味での「個人」は、「世間」には存在していない。西欧的な社会の概念では、一人ひとりの確立した「個人」が集まって「市民社会」を作り上げているのに対して、日本は個々人があいまいな「世間」によって成り立っているというのが、その概念の簡単な説明になる。

 「世間」においては人権や権利はない…ゾッとします。だから、個人の意見や主義より全体的な雰囲気で集団が動いていくんですね、この国は。加害者家族を守りたいという動きに、「被害者をないがしろにするのか」というお叱りが出るとのことですが、それとこれとは別のことだと思えるのは、身内に加害者も被害者もいないからなのかもしれません。ただ、自分がいつ加害者にも被害者にもなるか分からないし、その可能性はゼロではないのです。いろいろ考えさせられました。